最近曲ごとでパートチェンジ出来たら面白いよねって、地元の友達とスタジオで遊ぶ時にある曲の時だけパートチェンジしてみるチャレンジをしている。
普通の8ビートは知ってるけど、小節の間とか、バスドラ二回踏むとか!!!汗
久しぶりの初心者丸出しのスタートでドラムを最近練習している。
高校の時のバイト先でバンドを組んでいたのだが、ドラムが初心者の人で苦労していたのを覚えている。
というわけでたまに音楽にまつわる映画を見よう。こちら「SOUND OF METAL」を拝見した。

ドラマーの彼だが病んでる彼女とツアーに回るが、耳がだんだん聞こえなくなってきて…という音楽やってた人間からしたら悲痛な感じのストーリー
特に音にこだわっている気がした。
聞こえなくなってくる時の音、擬似的な音なんだろうけれど、本人たちが演奏しているメタルなサウンドよりしんどい音が本人の中で聞こえているストレス。
しかし人間的な成長というか変化、そういうのが生々しく伝わってくる。
本人たちが演奏している曲は若さ故と言われてもいいジャンルで、ある種リアリティはあった。
ストーリーを見ていて”元どおりに”ってワードが出る度に悲しくなった。
大体元どおりにって言った時点で限りなく元どおりにはならない。
自分が変わっていく強さがないといけないんだなぁと感じさせてもらった。
主人公はドラマーだった。ちょっと期待してしまっていたのだが、”音楽”に関する描写だ。
音があまり聞こえない中、ろう者の子供とピアノで叩いてコミュニケーションするシーンがある。ここでピアノの木材を通してリズムが伝わるのだ。
そこをドラマーとして開拓できないのかな…せっかくあんなに叩けるのに…とか正直に思っていた。手で伝わるリズムを耳が聞こえなくても魅力を見たかった…なーんて音楽をしている側からすると可能性をちょっと期待してしまったんだな〜
あ、そうそう、この主人公の彼女は会わない内に父親とわだかまりが解けたのか…パーティーで歌を歌うんだけど、まぁ〜たこの曲の歌詞が…今歌う歌??って感じの暗い曲。
芥川龍之介の名言の中で”運命は性格の中にある”というのがあるが、まさしくである。
彼はキンキンのよく分からない音の世界から無音の世界へ入る所でエンディングになってしまうのだが、そこからが新しいスタートでむしろその後が私的には気になってしまった。
人生はキツく行ったら、あとはゆるく行こうじゃないの
とエンディングに思ったのであった。
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最近思うこと補足
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今ハリウッドでストライキ中だが、良い方向へ向かって欲しいと思う。
やはり2020年以降配信事業が需要があって潤っているが利用者側としても心配している面をうっすら初めから感じていた。
こんなに沢山見ていて大元にどのくらい入っているのだろう・・?と。
映画館であれば直接行けばいいのだが・・
あのTUTAYAのレンタルで大元にどのくらいお金が入るのか調べてみたこともあった笑
俳優さんを通して色んな人生を見てみたかったり、非日常体験を見せてもらったりするのが映画の醍醐味であって、AIが売れるための分析した物語をAIが生成した映像のものって本当の作品なのか?って思う。
音楽でどんなに難解な曲を上手くAIが演奏したとして、、感動するか?
生演奏で奏者や演者が目の前にいるからパワーがみなぎっていて感動する。
作品というのはやっぱり人間が想像して作品に落とし込む所にセンスや人間くささが出てくると思う。私はそういうのを見ていきたいし、制作する側はそっち側でありたいと思う。
結局素材は人間が作ってきたことからの上澄みだけをすくって生成しているのであれば創造とは違うでしょう。ウルトラマンを作った人のインタビューで、デザインはツノ生やしたりすればいいってことじゃない的なことを言っていたと思った。
作る側はこれを心に留めて作っていると思うし、継続して行って欲しい。
作品公募展もAI部門を作って募集すればいいし、AIは道具として正しく使いたい。
その線引きがあってこそAIの世界を楽しんで行けるんじゃないかと思う。